Hatena::Groupgeneration1991

文芸クラスタ リレー小説企画第一弾

文芸クラスタ リレー小説企画第一弾

「夏と花火とひよこの死体」


本文


一周目

雨が降っていた。窓に付いた水滴は、周囲を巻き込みながら成長し、流れていく。その様子を眺めながら僕は、これからのことを考えていた。

 昨日拾った謎の卵。

 そもそも、卵かどうかすらはっきりしていない。アパートの収集所前に落ちていたその楕円体は、白地に黒い斑点が散っていた。僕は、どうせ捨てられるものだからという理由でそれを部屋まで持ってきた。

 小さなころ、化石掘りが趣味だった所為かもしれない。こういった物にはつい手が伸びてしまうのだった。

 どうすっかなー、と呟く。

 呟いたところで、何か名案が生まれるわけでもない。虚しくエネルギーを消費するだけだ。

 呟くことで誤魔化して、僕は問題を先送りにしていく。

 どうすっかなー。

 何度目になるかわからない独り言が、部屋に薄く広がっていく。

 僕は無意識にパソコンへと手を伸ばし、電源を入れた。

 MAX COFFEEを片手に、RSSフィードを消化していく。


突然の眩しい閃光、次いで大きな音が、僕の部屋を揺らす。

なんだ?とまた呟いて――花火か。雨なのに?体に響く閃光音を浴びながら、ゆっくりと窓を開けて空を見上げる。

あんなに降っていた雨はいつの間にか上がったみたいだ。夏らしい夕立ち。むわりと立ち上る湿気。暑いな……と思い立ち、ふと、手元の卵を見る。腐らないだろうか?この気温だ、放っておけば腐るかもしれない。冷蔵庫に入れておくか?

もし生まれたら……何か出てきたら。そう思うと、冷やすのをためらう。変な生き物でも生まれてくれたら、僕の部屋は寂しくなくなるのに。ペット、ダメだけど。

忘れていたRSSフィードへ目をやる。花火に驚いたときキーボードが推しっ放しだったらしく、未読はなくなっていた。読み返そうとも思ったけど、止めだ。今はこの卵に。黒い斑点をもった、パンダのような卵に視線を引き付けられる。

ゆっくりと、舐めまわすように卵を見る。じっくり、じっくり……だめだ。さっぱりわからない。僕は生物があまり得意なほうではなかったし、この狭い部屋には世界の卵大図鑑なんて、便利な代物はない。

そっと卵を置いて、床に寝転がる。天井に貼った、悩殺的な美女が僕を見つめる。貼らなきゃよかった。なんだか誰かにずっと見られているようで、違和感がある。

寝よう。そうだな、もう寝よう。こんな暑い日は。また声に出しているのを実感して、意味もなく口を押さえる。一人暮らしをすると独り言が増えるとは、本当だったみたいだ。少なくとも、僕には。

這うように敷きっぱなしの布団にたどり着き、ゆっくりと瞼を閉じる。いやでも耳に入る時計の音。一定間隔で時間を刻む音に気を奪われながら、僕は極彩色の夢の中へ沈んで行った。


「拾ったわね」

 女の人がそう耳元で囁いたような、そんな気がした。体中に粘り着くような湿気を感じる。僕はゆっくりと片方の瞼を開いて、辺りを見回した。視界が狭まるほどの霧が掛かっていて、居心地の良い場所ではなかった。

「あなたがいけないのよ」

 もう一度声がした。僕の体は機敏に反応し後ろを振り向く。驚きと恐怖が入り交じったように、肩が上下する。でも、そこには誰も居なかった。呆然としていると、生温い風が吹き、木々がざわめいた。

「そこじゃないわよ」

 ハッとして、体を九十度回転させると、強い光が僕の目に飛び込んだ。突然の光にとまどいながらも、右手で光を遮りながら、遠くを見据える。ぼんやりと、人影が見えた。

「その中に、あなたが期待するような、生命が宿ることは無いわ。でもね、拾ったのだから、しょうがないと思うの」

 僕が、彼女に声を掛けようと声帯を広げたとき、得体の知れない強い風が僕を襲い全てはかき消された。

 ○

 気付けば朝になっていた。見慣れた部屋で、目覚まし時計が鳴り出す。耳に入るざわざわとした音。まだ雨は、止んでいなかった。


 思えば、生まれた時から寂しかった。

 僕は酒屋の家で、三人兄弟の末っ子として育てられた。末っ子だったらさぞかし可愛がられて来ただろう、とはよく言われるが、決してそんなことはなかった。2人の兄ほど頭も良くなかった僕は、三人兄弟で一人私立の大学へ行った。

 これでも僕としては精一杯頑張ったのだが、いかんせん長男が医大、次男が一流国立なので、やはり肩身は狭くなった。親はその点特に何も言わなかったし、家と大学が離れているわけでもないのに、僕の方から耐えられなくなって家を出た。仕送りは一応来ているが、それに手を付けるのも忍びないので、なるべく学費は自分のバイトから出すようにして、仕送りは生活費に充てるようにしていた。

 こんな状況だから、授業に出るのと生活をするので精一杯で、サークルなんかもちろん入れるはずもなかった。一度高校時代の数少ない友人と電話した時に、「それは自分を追い詰めすぎなんじゃないか?」と言われたが、やっぱりどれだけ頑張っても兄二人を越せる気がしなかった。そんな自分に余計腹が立ち、むち打つ毎日を過ごしてきた。

 だがそんな生活も心より先に、体に限界がやってきた。そして重くなった体が精神も蝕み始める。前期の試験期間が始まって2週間になるが、どうも体調が優れず、しかもこの雨の中で体はどうしても動かなくなっていた。病院にすら行く体力がなくなってきていて、口に出来る物を冷蔵庫から引っ張り出して、そのまま口にしているこの頃、もしかして僕はここで一人で死ぬのかもしれないと思った。

 一昨日は少し天気が良かったので、ゴミ出しくらいは出来た。そこで見つけたのが、その卵だった。僕は卵を見た時に、懐かしさを感じた。

 小学校から高校まで歩いて通える範囲の学校だった僕は、帰り道によく小さな動物公園に寄っていた。テストが悪かった時や、ちょっと人間関係が面倒になったとき、癒しの場所はその動物公園だった。

 次第に動物公園の飼育員さんのおじいさんとも仲が良くなり、たまにではあるが特別にいろいろな物を見せてもらった。その時に、ひよこが卵からかえるのも見せてもらったのだった。とても単純なことなのに、その時の僕はとても心を動かされた。大袈裟な例えでも何でもなく、その卵が高校3年間の僕を、根っこで支え続けた存在だった。人間関係がダメになって、友達なんかいなくなっても、生きていけると思わせてくれた。

 僕は段ボールの中に入れた卵に目をやった。久々に動物公園に行こうと思った。そう思うと体が急に軽くなった。どうせ今日も、これから大学へ行ったって間に合うまい、だったら明日からやって行ける元気を、今日のうちにいっぱい受け取っておこう、と。


 電車に揺られること1時間、2年ぶりになる動物公園の入り口は、雨の最寄り駅からでも十分見えた。

 小高い丘にある動物公園なので、入り口からそれなりの数の階段を上る。しばらく外へ出ていなかったせいもあって、なかなか体に堪える。

 ようやく見慣れた風景が見えた・・・・・と思ったら、門は閉め切られていた。張り紙がしてある。どうやら一昨日で閉園したらしい。園長も兼ねていたその飼育員のおじいさんとその家族でほとんど切り盛りしていたが、確かにそのおじいさんは結構高齢だった記憶があった。後ろを振り返ると、昇ってきた階段は下りに見える。楽なはずなのに、それはどこかへ落ちていくようだった。仕方なしに体全体を後ろに向けかけた、その時であった。

「お、坊やじゃないか」

 体を戻すと、そこにはおじいさんがいた。また少し老けていたが、体は元気そうだった。僕は軽く頭を下げて会釈をする。

「久しぶりだな。大学は忙しいんだろう。せっかくだから入っていきなさい」

 その言葉に甘えて、僕は動物公園に入った。

 ずいぶん動物は少なくなっていた。あの動物はどうしたの、この動物は、と言っていたらキリがないくらい。久しぶりに来て記憶も朧気なはずなのに、それでも動物の数が少ないのは見て取れた。

「動物、ずいぶん減りましたね……」

「ああ、不景気だからね。えさ代も高いし、昔ほど小学生が団体で来るようなこともなくなってしまった。かといって動物たちを殺すのは可哀想だから、きちんと面倒が見られる動物園に引き取ってもらった。残ってるのは数えるほどだねえ」

「なるほど……」

 おじいさんについていった先は、あの鶏小屋だった。鶏小屋は独特の臭いと、耳をつく鳴き声が詰め込まれている。でもその鳴き声も明らかに少なくなっていた。

「そういえば、卵のふ化ってのは最近してないんですか? 以前一回見せてもらった時に本当に感動したんですけど……」

「新しく生まれた物まで責任持って飼えないから、今は無精卵ばっかりだねー。ほら、一つもらって行きなさい」

「ありがとうございます」


二周目

家に帰った僕は、思いがけず食料を手に入れた喜びに打ち震えていた。やった、ちゃんとした卵だ!

採掘趣味があったとかなんとか、変な理屈をつけてはみたが、実際、この大きな卵を見たときに思ったのは「食べたい」だった。

けれど、気持ちの悪い斑点は浮いているし、高温多湿の環境下じゃいつ腐るとも知れない。何より、ゴミ置き場においてあったものだ。食べたら何が起こるかわからない。そもそも、ちゃんと卵の中身が出てくるのだろうか?

僕を極貧状態に追いやった張本人が部屋を埋め尽くす1152本のMAX COFFEEであることは明らかだったし、それを飲みながらとりあえずは生きていくしかないと諦めていた。タンパク質の欠如は、夢枕に出てきた美女さえもタンパク質の塊としか見れないほど僕を追い詰めていた。

しかし、しかしだ。もはや、こんな奇妙な卵をハイリスクローリターンで食べる必要など皆無なのだ。動物園のおじいさん(会話しながら、食べたくなる気持ちをこらえるのが大変だった)がくれた、鶏卵。これで僕は、タンパク質を摂取できる!

「なーまたまっごー、なまたまっごー♪なまたまなまたななまたまごー♪」

適当な歌を歌いながら、卵をコップに割る。今日は景気よく、一気飲みだ。というか誰か、この歌作曲してくれ!

コンコンッ ぐしゃっ

どろり。

「っ!」

予想に反して、「生卵」から出てきたのは、ひよこだった。

あのじじい、無精卵だと言っておいて……!

先ほど、ロッキーを思い浮かべた僕は何だったのだろうか。ひよこを丸飲みのボクサーなんて、聞いたことも無い。なぜ、僕にばかりこんな不幸が起こるんだ。

何も出来ないまま、コップを見つめていると、ひよこが動き始めた。どうやら、生きているらしい。

「ここ、ペット不可なんだよなあ……」

わけがわからないままぼうっとしていると、背後から、ピシッピシッという音が聞こえてきた。


「ひよこだよな……」

卵から黄身のかわりに出てきた黄色を眺めて呟く。

「白くはないか……黄色か……ひよこだな……」

「ひよこ」

僕以外の声。一瞬、目の前のひよこが喋ったのかと錯覚する。コイツが?この鶏未満卵以上が?でもそんなことない。ひよこが喋るなんてことはありえないし、何より僕は鳥語は喋れない(鶏語も)。

じゃあ喋ったのは?誰が?ふと思い立ち、首が取れるぐらいの勢いで振り向く。

「ひよこ」

あの卵だ。確かにひよこは喋らない。でも僕が知る限り、卵だって喋らない。というかまず卵は食べ物で生き物じゃない。生き物じゃないのか?生まれる前なら物なのか……?

「ひよこ」

卵は何度もひよこを呼び続ける。ひよこは自分の殻を食っている。僕はとりあえずMAX COFFEEを飲む。落ち着け。ラマーズ法だ。卵は喋らな「ひよこ」……たまには喋る。

「お前か?」

「ひよこ」

間違いない。これだ。これ?こいつ?とにかくこのブチブチの卵だ。よく見れば小さく穴が開いており、そこから声が聞こえる。

「もう一度聞く、お前か?」

「ひよこお前か?」

責任転嫁できるとは、卵ながら知恵が回る。すばらしい卵だ。欲を言えば喋ってほしくないけど。

「何で喋るんだ……」

床につっぷして、両手に少し収まらないサイズの卵を指ではじく。だるまのように少し揺れて、元に戻る。まるで卵はなにか考えているかのように黙って揺れ、すこし経ってから、いままでと違う、少しすんだ声でしゃべった。

「しょうがないと思うの」

手を止める、汗が噴き出る、目が開く。何と言った。今何を言った。しょうがないと思うの?コイツは何で、今ここで、その言葉を選んだ?

あの夢を思い出す。お腹が空き過ぎてみた悪夢だと思っていた。違う。多分あれはなにかの警告で、こいつは生まれちゃいけない生き物だった。生まれてない。今なら、まだ。

「しょうがないと思うの」

「しょうがなくない」

「ひよこ」

「話を聞け」

「ひよこ」

「おい」

「ひよこは、お前か」

嘲笑のように吐き出された台詞が何のことかわからず、もう一度聞こうとしたら、卵は自分で自分の穴を埋め、黙ってしまった。黒い部分にあいたその穴は、黒い中の何かでふさがれて、まるで自室にこもったような、そんな空気を醸し出す。

訳がわからなくなって、息を吐く。視線の先には……ひよこだ。食べられるかも知れない。焼けば食える……そう思えば、あれはペットじゃなくて歩く食い物にも見える。無精卵だったはずの、食い物から生まれたイキモノ。食い物にするつもりだったイキモノ。人以外のイキモノが住んではいけない場所。

よくわからない。お腹すいた。ふと見るとひよこが僕のカバンからチョコレートを拾い出しており、今にも食べようとしていた。

それは、僕のだ。鶏未満卵以上め。


 僕は、ひよこが咥えるひとかけらのチョコレートを強引に奪い取り口に入れると、先ほどの卵を手に取った。黒いブチの一つに、穴が開いている。いや、穴が開いていた。今では塞がれているのだ。塞がれている、とは言っても、凹凸で穴の場所は分かる。

「おい」

と僕は声をかけるが、返事は無い。腹が立ったので、僕は凹凸に親指をのせ、ぐいっと奥の方へ押した。すると、親指は卵の中へと入り込んでいった。僕はてっきり、内側から圧力が掛かっていると思っていたものだから、力を込めて押した。しかし、僕の親指は簡単に卵の中を犯してしまった。そのまま指を曲げてみた。卵の内部は空洞になっているようだ。

 親指を抜くと、穴の向こう側の、何かが見えた。

 僕は、今度は中指を差し込み、上下左右に激しく指を動かした。指先に何かがあたる。

 「指先が怪しいねん。やらしいねん。何しとんねんお前」

 もう一度、先ほどの声が聞こえた。僕は驚き、手に持っていた卵を落としてしまう。

 卵は、そのまま下の方へ落下し、鈍い音を立てて割れた。床の上の卵は、ぱっくりと口を開けるようになっている。殻は分厚く、3cmほどあり、内側も割れ目も茶色かった。

 鼻先に、チョコレートの匂いがかすめる。あのひよこめ、と僕はカバンの方を見たが、ひよこはそこにいない。そもそも、僕が持っている唯一の、最後のひとかけらは、自分で食べてしまったじゃないか。しかし、この匂いは気のせいなどではない。確かに、安っぽいのに、芳醇で甘いあのチョコレートの匂いがするのだ。

 「おまえ、か」

僕はもう一度、うつむいて、卵を見た。いや、これは卵などではない。チョコエッグだ。巨大なチョコエッグなのだ。誰がこんなものを好きこのんで作ったのだろう。物好きも度が過ぎている。

 「別に見られても恥ずかしくなんかないんだから」

僕が呆然としていると、気の抜けるような台詞が聞こえた。

 割れたチョコレートの中央には、「SYUDORI・酒鶏」というロゴの入った段ボール箱が、乱雑に横たわっている。

「なんで気付かなかったんだろう……」

僕がつぶやくと、酒鶏から言葉が返ってきた。

「節穴さんDEATHね☆」

腹が立ったので踏みつぶしてやろうかとも思ったが、的確な応答を返してきた点が気になる。僕は箱を手に取ると、静かにふたを開けた――。


 そこに入っていたのは……ひよこでも鶏でもなく、女性だった。そう、ミニチュアサイズの。

「何が鶏なんだよ……」

「ひよこ」

 そう言いながら彼女?は笑った。

「何をしに来た」

「あなたがいけないのよ」

「は?」

 その声はまさに、昨夜の夢の女性のものだった。

「あなたが期待するような生命が宿ることはなかった」

「いやまあ、誰もが予想できなかった展開なんですけど。チョコエッグの中から幼女って……」

「妖精と呼びなさい」

「幼女」

「殴るわよ」

 まあ確かに言われてみれば、頭に草が巻き付いていたり、羽が生えていたり、よくおとぎ話で形容される妖精に似ていると言えば似ている。

「とにかく」

 彼女は軽く咳払いをして続けた。

「あなたが動物好きなのは分かるわ。でもあなたは動物園で生きてるわけじゃないの。もっと現実に目を向けなきゃダメだし、もっと人と向き合わなきゃダメ」

「あなたが一番非現実的なんですけど」

「私みたいな存在が出てこないと現実に戻れないほど、あなたがどうしようもないってことよ。自覚なさい」

 全然意味の分からない共同生活がこうして始まった。


三周目

僕は、新宿駅南口改札前に立っていた。

この改札を抜け、中央線快速に乗り、僕は実家へと戻る。

頭の中で予定を反芻する。改札、電車、実家。緑、橙、灰。

南瓜のようだ、と僕は思った。南瓜の中央に巣食う、灰の虫。

実家。久しく帰っていないその場所は、モノクロームでしか思い出すことが出来ない。燻る灰色。

固い外皮を破ることが出来ずに、育てど育てど外に出ることを許されない井の中の蛙。蛙は誰だ。僕か、実家か。

人通りが多い。雨なのに。いや、雨だからこそ。「南口改札」と書かれた緑の看板を見上げる僕は、急ぐ人にどう見られているのだろう。そもそも見られているのだろうか。彼らは何に急いでいる?外を、景色を、僕を、見ているのだろうか。

端的に言って、「幼女」との生活は不可能だった。

一人暮らしのはずの僕の部屋から、毎日話し声が聞こえるのだ。壁の薄いアパートのことだ、この共同体では異変はすぐに察知され、大家に知らされる。

ペット不可のアパートは、その大家は、「幼女」をペットとして飼う僕を蔑み、罵倒した。警察に通報までされた。「身元不明」の「幼女」は大家に連れて行かれ、警察は僕を一晩勾留した。

翌昼部屋に戻ると、大家がいて、衰弱死したひよこを見咎め、僕を追及した。このひよこはなんだ、から始まり、さてはあれかしゃくれでも飼うつもりだったのか、に至るまで。僕は、すみません、と言ったと思う。大家は、不愉快な顔をして出て行った。かと思うと引き返してきて、部屋を出て行け荷物をまとめろ、と言った。

灰色のスーツを着たサラリーマンが、僕にぶつかって、振り返りもせずに改札を通っていった。

誰も周りなんて見ていないし、何も見ることも出来ない。積み重なる事実を、僕らは「見た」と誤認するだけ。

僕について言えば、幼女とひよこを飼おうとしたみすぼらしい大学生の、アパートからの強制退去。その事実があるだけだ。

しかし。あれが本当に幼女なのか、あれが本当にひよこなのか、それはわからないのだ。

腐りかけのチョコエッグ、その二重包装の段ボールから生まれた「幼女」、無精卵のはずの、動物園でもらった卵から生まれた「ひよこ」。

尋常ならざるイキモノたち。その本当の意味なんて、きっと誰も見ることが出来ない。

改札を通りホームへ降りると、ちょうど電車が来ていた。

乗り込み、座席にもたれる。

アパートから持ち出したMAX COFFEEに口をつける。この1本の他は何も持ち出さなかった。1147本は大家にくれてやろう。

ぼうっとした心持ちで電車の液晶を眺める。時事通信の、ニュースが流れていた。

大岡山に怪獣出現。

はは、と笑う。随分と疲れているようだ。栄養失調かもしれない。

怪獣なんてこの世に存在しない。僕の妄想、幻覚に違いない。

ほら見ろ、誰も気づいてないじゃないか。

電車は、ホームを離れた。


お題

  • 花火
  • ペット不可の四畳半
  • 新宿駅
  • チョコ
  • 段ボール

参加者

id:cooh

id:rosylilly

id:nagaiyuki

id:Lycoris_i